貴方の信じる神は貴方を守ってくれる?

















「ああー、こう雨が続くと古傷が痛むぜ」

 古寺で雨宿り中、伊織は胸元をさすった。

 二日続きの雨は一向に止む気配が無く、今日もこの寺に泊まるのか、とぼろぼろになった廃寺を振り返る。

 隅の方では雑草が根付いていたり、雨漏りも少々あったりの、かなり古い寺。

 古い寺、というと都にある寺を連想するが、アレは何年経っても立派に見える。

 人が居なくなるとここまで崩れるものか。

「まぁ、仕方ないでしょう。この雨は作物が育つ為の恵みの雨。我慢しないと今年の米を拝めませんよ」

 部屋の隅からの穏やかな口調に伊織はため息を吐く。彼の意見は自分よりずっと大人びたもの。

「今年の米を拝む前に餓死しちまうぜ。ここに来てから二日、なんも食べて無いんだからなぁ」

 共に旅をする仲間からの言葉も腹の足しにはならない。

「仏門に入ったお前はいいよな、断食に慣れているんだから」

「伊織さん・・・・・・いくら私が仏門に入ったからといっても空腹は感じるんですよ」

「だーかーら、神にでも祈ってこの雨を止ませてくれよ、信行」

 信行、と呼ばれた修行僧は穏やかな表情に微苦笑を浮かべ、廃寺の主の前に座った。

 なにやら静かに念仏を唱え始め、廃れた寺が厳かな空気に包まれる。

 信行はきちんと修行をした僧だ。慣れた行為だということがわかる。
 
 雨の冷気が肌に痛い。
 
 有髪僧の彼の背を見て、伊織は寺の中に入った。

 ついでに扉を閉めると、腐った木がみしみしと音をたてた。

「早いものですね、翁殿がお亡くなりになられてもう二年ですか」

「・・・・・・何だ、いきなり」

 今まで旅をしてきて、彼がそんな話題を持ち出したのは初めてだ。

「いえ、ついでにここで翁殿の冥福を祈ろうかと思いまして」

 じゃらり、という音がしたから多分信行が数珠を取り出したのだろう。

「・・・・・・雨がやんだら起こしてくれ」

 伊織はそれだけ言い、その場に寝転がる。

 目を閉じると信行の静かな念仏の声と、湿った木の臭いが夢へと誘った。



 胸に刻まれた十字傷。

 それが異教徒の紋章なのだと知ったのは親が死んで五年経ってからだ。

 教えてくれたのは、自分を拾ってくれてさらに養子にしてくれた親父殿。

 彼は頭も良く剣術は右に出るものがいない、と言われた人。

 彼の名はとても有名で、剣を学ぶものなら皆彼を恐れていた。

 けれど、彼は死ぬ少し前

『私は人を殺しすぎた』

 と呟くようになっていた。

 そんな彼が書いた五冊の本。


 取り返さないといけない。






 生暖かい感触が頬をべろりと舐めた。

「んだよ・・・・・・信行?」

 止めろ、という意味で振った手も舐められぼんやりとしていた頭がようやくはっきりしてくる。

「?のぶゆ・・・・・・」

 けれど目の前には愛らしい真ん丸の黒い瞳と、ふさふさの毛。

 ご丁寧に茶色いしっぽをぱたぱたと振ってくれる。

「信行ぃぃぃぃぃ!?」

 けれど彼からの返事はない。

 変わりに目の前の子犬が元気よく吠えてくれる。

「いいいいい犬嫌い犬嫌い犬嫌い!!あっち行けーー!!」

 さっきまで自分の体を舐め回していた正体から逃げようと部屋の隅に走るが、子犬はとことここちらにやってくる。

 ぞわぞわっと伊織は背筋に悪寒を感じた。

「信行!」

 呼んでも彼からの返事は無い。

 異変を感じ、床においていた刀を取ろうとしたが

「わんっ」

 この世で最も苦手なものに阻まれた。

 冷や汗が流れる。

「あ、太郎!こんなところに」

 神の助けか、飼い主らしい少女が廃寺に入ってきた。

 彼女の登場に犬はぴんと耳を立てて喜び、彼女に向かって走っていく。
 
 助かった。

 けれど安心するのはまだ早い。相方が姿を消したのだ。

「なぁ、ここら辺で髪の毛のある法師、見なかったか?」

 犬を撫でている少女に問うと、彼女は首を横に倒した。

「ほうしさま?」

 腕の中の犬と顔を見合わせ、うん、と首を縦に振った。

「見たよ。お侍さんに追いかけられてた」

「なんだってーー!?」

 思わずここから手ぶらで飛び出して、加勢に行こうとしたが少女の続きの言葉に動きを止めた。

「沢山の人に追いかけられてて、すぐ捕まっちゃってたよ」

 ああ、やってしまった。

 多分、彼らが自分たちを発見したのだ。そして信行は自分を逃がす為にわざと囮になった。

 こういう展開は何度か有った為、こうなった経緯が簡単に読めてしまう。

「あんの馬鹿・・・・・・」

 彼の性格に思わず頭を抱える。

 多分、どうして自分を起こさなかったのだと糾弾すると、雨が止んでいなかったから、と言うのだ。

 部屋の隅にある古びた布袋と日本刀を手に、伊織は立ち上がった。

「悪い、其奴どこに連れて行かれたかわかるか?」

 なるべく優しく聞いたつもりだったのだけれど。

「知らないっ」

 自分の手の中の日本刀をみるなり、少女はいきなり機嫌を悪くして子犬と共に止める間もなく去っていってしまった。

 



「ったくー、信行のヤツどこにいっちまったんだよ!」

 伊織はぶつぶつ文句を言いながら田んぼの畦道を歩いていた。

 今は田植えの季節。緑の田もあれば、泥だけの田もある。

 時々田植えをしている百姓からの視線を感じるのは、恐らく自分がこの場にふさわしくない姿をしているから。

 腰に刀を二本下げた浪人。

 こんな田舎に何の用だという目で見られていた。

 自分だって別に来たくてここにいるんじゃない。

 ただ、大坂までの道のりでここが通り道だから、ということだけ。

 空では鳶が声高く鳴き、地では蛙が能天気に歌っている。

 刀なんて不要な場所。

 よって、刀を所持する自分は余所者。

「確かもう少し行けば、城下町に入るはず・・・・・・」

 と、相方が言っていた気がする。

 けれど雨の所為で足止めをくらったのだ。

 雨が降っていなければ、今頃はきちんとした旅籠でのんびり出来ていたはず。

「はぁ・・・・・・温かいご飯と風呂と布団ー」

 なんだかんだいってもう一週間もご無沙汰だ。

 しかも当分お預けをくらいそうな予感。

「くっそ、これもぜーんぶアイツの所為だ!!」

 アイツ、というのは信行でも、自分を追っている彼等でもなく。

 自分が今こうして旅をしなくてはいけない理由を作った人物。

「尚柾・・・・・・」

 べしゃッ

 何が起こったのか、一瞬わからなかった。

 けれど、よくよく自分の状況をみてみると、胸部分に泥が飛び散ったような跡。

「お侍はここから出てけー!!」

 幼い声の叫びに顔を上げてみると、小高くなった丘の上に5,6才の少年達数名が泥まんじゅう片手に自分を指差していた。

「はぁ?」

 こっちが状況を理解する前に、次々と先程命中した泥まんじゅうが自分目掛けて飛んでくる。

「っと、待て!!」

 必死に叫ぶが、それで止めてくれるほど相手は優しくない。

 気が付けば体全身泥だらけ。

 終いには顔面にも命中した。

 視界をふさがれた伊織に子供達がいっせいに飛びかかってくる。それはもう、容赦なく。

 木の棒でビシバシ叩かれるわ、髪は引っ張られるわ、地獄そのもので。

「お前等!!いい加減に!」

「!太助!!」

 女性の声に伊織の上に馬乗りになっていた少年が動きを止めると同時、周りの子供達も動きを止める。

「止めなさい!何をやっているの!!」

「母ちゃん・・・・・・」

 子供達はすごすごと伊織から離れていき、ようやく自由の身になれた。

「すみません、お侍様!」

 ごしごしと優しく布で顔を拭かれ、大丈夫、という意味でその動作を制止させた。

 助けてくれた女性は、皺の目立ち始めた顔を心配そうに歪めている。

「どうぞ、うちで体を洗っていって下さい。着物も泥だらけですし・・・・・・」

「そーさせてもらおうかな・・・・・・」

 伊織の返事を図々しいと思ったのか、太助があからさまに嫌そうな表情をした。

「母ちゃん!なんで毎回毎回そんなことを言うんだよ!」

 どうやらこの少年、侍を見かけたら毎回こんなことをしているらしい。

 息子の批判を彼女は無視し、伊織を自分の家へと背を押した。

「母ちゃん!」

 伊織が振り返ると、かなり悔しそうな表情の太助がこちらをずっと睨んでいた。

 子供とは思えない、強い目で。



「本当にすみません」

 彼女の名前は貴というらしい。

 名乗ってからすぐ、彼女は頭を下げた。

「いえ、俺は別に・・・・・・」

「あ、どうぞ、着物を脱いで下さい、洗濯しておきますので!」

「え?あ、いや・・・・・・あの」

 これには伊織も慌てて止めようとする。

 が、彼女から本当に申し訳ない、というような空気が漂ってきたので仕方なく彼女の望みのままに着物の襟に手をかける。

 予想通り、すぐ貴が目を見開いた。

「その傷は・・・・・・?」

 胸に刻まれた十字傷。一部では久留守と呼ばれる、キリシタンの紋章。

 一時期、いや今でもキリシタンへの迫害は続いているから、コレの意味は彼女もわかるだろう。

「昔、つけられた傷だ」

 手の平でそこをさすると彼女が悲しそうに表情を歪めた。

「あの、あの子のこと、許してやってくださいね・・・・・・」

 さっき自分をメッタメタにしてくれた少年達の事を言っているのだろう。

 こう、殊勝に謝られてはこちらも文句は言えない。彼等と違って大人なのだし。

「別に、気にしていない」

 心情と反した答えを返すと、彼女はほっとしたように微笑んだ。

「根は、悪い子じゃないんです」





「ちえ・・・・・・なんだよー」

 河原で独り、太助は悔し紛れに石を投げていた。

 侍は大嫌いで、この平和な村に来て欲しくない。だからああいう行動に出ているのに。

 母親はそれを認めてくれない。

 手の中の石を怒り任せに川へ放り投げると、ばしゃんと水面が跳ね上がった。

「くおら」

 べしっ。

 いきなり後頭部を叩かれ、誰だと思えば先程母親がかばったお侍。着物が違うところを見ると、また彼女が余計な事をしたらしい。

 しかも

「それ、父さんの着物!!」

 目の前の侍には少し大きいようだが、間違いなく死んだ父の着物だった。

「今すぐ脱げ!!」

 彼の叫びに、伊織は一瞬何を言われたのか理解できなかったらしく、きょとんとした表情で太助と自分が着ている着物を見比べた。

「・・・・・・いやー、流石にそれはなぁ・・・・・・」

「うるさい!何で、何で父さんの着物着てるんだよ!父さん殺した侍が!!」

 成る程、大本の理由はそれか。

 彼が侍を嫌う理由はまず、それが大きいのだろう。

 父を、殺されたから。

「俺は、殺してないぞ?」

「侍はみんな同じだ!お前だって一人二人その刀で斬っているんだろ!?人殺し!」

「いや。俺は誰も殺してないぞ」

「はぁ!?」

 伊織のあっさりとした返答に太助は唖然とする。

 じゃあ、彼の腰にある二本の刀は飾り物なのか。

「ま、この先どうなるかわからないけど今のところは誰も斬っていない」

 伊織は腰の刀に手を当てて、にやりと笑って見せた。

 養父の遺言でもあったから。

「お前の親父は大坂で殺されたんだってな」

 先程聞いたばかりの話を振ると、太助の表情が固まる。

 10年程前の戦では、今この国を仕切っている人物が前の支配者を打ち倒した。

 それに伴い、大勢の町民も死んだ。

 地獄だったという話も聞く。

「俺の親も、お前の父親を殺したヤツに殺された」

「え・・・・・・」

「だから、俺はアイツに従う武士じゃない。単なる浪人だ」

 残念でした、と太助の額を指で弾いてみせても、今度は何の反抗もされなかった。

 多分、意外な仲間の登場に驚いているのだろう。

 弾かれた額を押さえて、まだ呆けている。

「だから、お前の気持ちもわかるが、いい加減にしないとただの悪戯では済まされなくなるぞ」

 侍を見つけてすぐよってたかって、という行動にでているとそのうちただでは済まない相手ともかち合うだろう。

 下手をすれば、殺される。

「そんなこと、わかっているよ!こっちだって命がけだ!」

「ガキが。命がけなんてすんなって。親父が泣くぞ」

 きかないガキだ。

 そう、ため息を吐いた時に背筋に悪寒が走った。

 まさに、背中に氷を入れられたような悪寒。

 まさか。

「太助!」

「わん!」

「あ、お雪・・・・・・」

 少女と、その腕に抱えられている犬の登場だった。

 よくよく見ると、寺で出会った少女だったのだけれど。

 まず先にその事に気が付いたのは少女の方だった。

「あ、さっきの・・・・・・」

「わん!」

 犬の方も伊織を覚えていたらしく、ぱたぱたとしっぽを振っている。

「雪、コイツは侍じゃなかった」

 太助が少女に告げると、彼女は目で伊織の腰元にあるものを指す。

「ああ、何か違うってさ」

 二人の様子から、伊織の存在を彼に伝えたのは彼女らしい。

 だから、自分を迎え撃つことが出来たのだろう。

 それにしても、何かを忘れているような気がする。

 伊織は自分の頭を乱暴に掻きながら、何だっけ、と考え込んだ。

「で、どうしたんだ?雪」

 そんな伊織をほっといて、太助が彼女に優しく問う。

「あのね、道場の人達がまたここに来るって・・・お話してたの」

 子供らしい、舌足らずな説明を耳にし、伊織はようやく思い出す。

 そうだ、信行。

 とぼけた笑みを浮かべる彼の表情を思い出し、思わず手を打っていた。

「って、道場?」

 何故こんな田舎に道場なんてご立派なものがあるんだ。

 一瞬聞き間違いかと思うが、少女の目は聞き返した自分をまっすぐに見つめていた。

 どこかで見たことがある。

 直感的に思うが、自分にはこんな小さな子供の知り合いは居ない。

 気のせいだ、とその時はその考えを捨てた。

「その道場ってどこに?」





 






 目が覚めて身を起こそうとしたら全身が鋭く痛んだ。

 それでもどうにか体を持ち上げると、木で出来た格子が目に入る。

 それと薄汚れた石壁。

 どう見てもどう考えてもここは牢屋だ。

「気が付いたか」

 顔を上げると、格子の向こう側に見知った顔がある。

 服装は、彼らしくない汚れたものだったが。

「友矩殿」

 やはり、と信行は心の中で舌打ちをするしかない。

 伊織が寝て、すぐ感じた人の気配。

 やはり二日も同じ場所に居ることは得策ではなかった。

 恐ろしいほど整った友矩の顔が冷ややかな笑みを浮かべた。

「明日にでもお前を本家に連れて行く。そこで、拝見させて貰おうか。お前達の師が残した五つの書をな」

 予想通り、それが目当てか、と思う。

「残念ながら、私は所持していませんよ」

「今伊織の行方も追っている。安心しろ」

「伊織さんも持っていませんよ」

 のんびりとした返答に友矩の眉が寄った。

 その様子に信行は軽く微笑んだ。

「私達も、探して居るんですよ。兄弟子に盗まれた翁殿の書をね」





「うげ・・・・・・やっぱり柳生一派だ・・・・・・」

 少女に教えて貰った場所に行くと、それなりに大きな屋敷が待ちかまえていた。

 そして、門には大きく「柳生」の字。

 話によると、最近彼等は村にやってきて好き放題しているらしい。

 一番関わり合いになりたくない相手、柳生の性を持つもの。

 自分たちの師を目の敵にしていたのに、何故か師が記した兵法書を手に入れようとしている訳のわからない人たち。

 お陰で自分と信行は彼らに追われているのだ。

 古びた布袋を持つ手に力が入る。

 けれど実際、自分たちが持っているのは五冊のうち一冊だけ。

 他四冊は・・・・・・信頼していた兄弟子に盗まれた。

 柳生が自分たちを追っているのと同じく、自分たちも兄弟子を追っている。

 だから、こんなところで足止めをくらっている暇は全くないのだ。

 そう考えると足に力が入った。

 けれど、どこか潔癖な印象を持つ彼等が何故こんな田舎に?

 ただ柳生の名を語っているだけ、だろうか。

 確かに目の前にある古びた屋敷は、道場というには無理がある。ただ単にここに住み着いた浪人が傍若無人な振る舞いをしているだけなのかも知れない。

 そうだとしたら、信行は一体誰に捕まった?

 それとも、柳生は自分たちを捕まえる為に浪人を使って居るのだろうか?

 いくら考えてもぱっとした答えが出てこない。

「あー!もう、こうなったら実力行使だ!」

 伊織はどちらかというと頭で考えるより行動する方だった。

 よく言えば行動派。悪く言えば短気。

 勢いに乗って門の前に立ち、見張り役の人相の悪い浪人風の男二人に自分の指を突きつけた。

 彼等は驚いた風に自分を凝視する。

「オイ、てめえら!俺の仲間をどこへ・・・・・・・」

「わんっ」

 伊織の威勢の良さもそこまでだった。

 見張り役二人の向こう側、つまり屋敷内には茶色い柴犬が待ちかまえていたのだ。

 しかも、3匹も。

 熱くなっていた体の体温が一気に下降し、頭の中が真っ白になる。

 だらだらと冷や汗が流れて、男達を指していた人差し指は力を失った。

 そんな伊織を男二人は不審気な目で見、腰の刀に手をやる。

「ああ?何だ貴様・・・・・・」

 凄い目で睨まれたが、伊織にとっては愛くるしい犬の目の方が怖かった。

 でも、この先には信行がいるかも知れない。

 ここは、我慢だ!

「俺はっ!」

「わううん」

 べろり、と脛を舐められ全身が総毛立つ。

 流石に、限界だった。

「通りすがりの者ですが、大坂はここからどう行けば?」

 張り付いた笑みで聞くと、男二人は意外と丁寧に道を教えてくれた。



 

「俺の馬鹿・・・・・・」

 男二人に見送られ、角を曲がったところで崩れ落ちるしかなかった。

 犬の壁は大きい。

 その場にしゃがみ込み、涙目に手を当てる。

 あの障害をどうにかしないと仲間の救出は実現できない。

 けれど、どうにかできる自身がない。

 こうなったら

「信行は置いていく!」

「何よ、その結論は」

 すっぱーん。

 意気揚々と立ち上がった瞬間、頭を何かに叩かれ、その痛みで、収まりつつあった涙がまた溢れた。

「仲間甲斐のない子よね、伊織ちゃんは・・・・・・」

 呆れたような物言いをする声には聞き覚えがある。

「菖蒲!!」

「まったく・・・・・・信行様に何かあったらどうしてくれるのよ」

 目の前にいる旅姿の女は紅い口唇を歪めた。

 かなりの美人で、大きな眼が自分を馬鹿にしたように細められる。

「お前までこんなところに!」

 伊織はあわてて間合いを作り、刀に手をやる。すると彼女は「あら怖い」と肩をすくめた。

 彼女も例の本を狙う一人で、随分と前から自分たちの後を追ってきていた。けれど信行がお気に入りらしく、会うたび彼に迫っている。

 何故、この本を狙うのかは知らないが。

「あら、愛しの信行様の危機なのよ?放っておけないじゃない?」

 くすり、と彼女は大人びた笑みを向けてくる。

「何だったら、手伝ってあげてもいいわよ。信行様救出を」

「誰がお前なんかに!」

「あら、じゃあ犬は平気?」

 随分と前から自分たちを追ってきているから、こちらの弱点は了解済みで。

 彼女の勝ち誇った笑みが憎い。

「いいのよぉ?私が一人で救出しても。ああ、でもそしたらもしかしたら信行様、私のこと惚れ直して一緒に旅をしようって言ってくれるかもしれないわねぇ。そしたら伊織ちゃんは・・・用済みかしら?」

「くっそ!お前一人で行かせるわけねーだろ!!」

 地団駄踏みながらの返答に菖蒲はにやりと笑った。

 なんて扱いやすいお子様なのだろうと思ったが、口に出すと反抗されることが目に見えているので心の中に留めておく。

「じゃあ伊織ちゃん〜、条件が二つあるわ」

「結局それかよ・・・・・・」

 菖蒲はただでは動かない人物だと知っているので、それほど驚きはしなかったが脱力。

 聞く姿勢になった彼に彼女は指を二本たててみせる。

「ひとっつ、私と勝負。そうねー、先に信行様を見つけた方が、一日信行様の権利が貰える」

「はぁ?信行様の権利?」

「そう、一日信行様と一緒にいられる、勿論邪魔者は無しで」

「それって、俺が得しないじゃないか」

 伊織の不満も気にせず彼女は続ける。

「二つ、あの犬をどうにかするまでの策は私が考えるから、文句を言わないこと」

「・・・・・・ま、いいだろ」

 けれど次の瞬間その返事があまりにも軽率だったことを伊織は思い知る。




「異常は無いか」

 友矩は門番役の浪人に声をかける。と、二人は「ああ」と答えた。

「ま、さっき変なヤツが来た程度」

「変なヤツ?」

「ああ。犬に怯えていたが大坂に旅立ったぞ」

 『犬に怯えていた』

 その言葉に友矩は口元を歪めた。

 変で犬に怯えるヤツなんてアイツしか思いつかない。

「来たか、宮本伊織・・・・・・!」

 待ちかねた人物を思い、彼は整った顔を歓喜の表情に変え、刀へ手を伸ばした。















 

























 お題はクリアーしているんでブチぎってもいいのですが。まさか前後編になるとは・・・。
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