色町は一夜の恋を買うところ。




 夜の闇と共に灯りが広がる色町。今日も沢山の男が通い、女が誘う。

 俺は、そこで囲われた女達が逃げないように見張る大門番役に就いている。

 自分の立場が中途半端な位置に有る所為か、夢と現実の狭間を守る役は楽じゃない。

 現実を忘れようと必死になる男を迎え入れる為、今日も大門を解放する。




 「おにぃさん、いい男だねぇ」
 「良い子そろっているよ、こっちにおいで」




 夜になった途端にあちこちから聞こえてくる女の甘い声。
 
 色町は一夜の恋を得る場所だと、顔なじみの遊女が俺に教えてくれたことがある。

 一夜限りの恋は激しく燃え上がり、朝日と共に燃え尽きる。

 けして誰からも本気で愛されない女は一夜の熱愛を麻薬のように求めて、毎夜変わる男からの求愛に恋をする。

 それが彼女たちの仕事。

 そしてその場所を守って居るのが俺たちだ。


「坊、あめ玉食べるかい?」

 反対に昼間は意外と穏やかな日常が流れていた。

 夜の化粧を取った遊女が自分に笑顔で桜色の飴玉を差し出してくる。恐らく客の差し入れか何かだろう。

 それが自分に回ってくることは珍しくないので、素直に受け取った。

「菊里、坊は止めて下さい」

 けれど自分の呼び方には抵抗があったので、一応釘を刺しておく。

「いいじゃないか、国にいる弟が丁度あんた位なんだよ」

 彼女は綺麗に笑って門の前に座っていた俺の隣に腰を下ろした。

 彼女は低くはない位の遊女なので、こちらは彼女の言うことには逆らえない。

 渋々文句を引っ込めて、飴を口に入れた。

 そんな俺をまさに弟を見るような目で彼女は眺め、満足そうだった。

「坊は、この先に行ったことがある?」

 彼女の言うこの先とは背にある門の先のこと。

 外に出られない彼女に『はい』と言うことは憚られた。

「いいえ」

「そう」

 こちらの気遣いに気が付いたのか、彼女は苦笑する。

「あたしは外から来たから、どんなところか知っているよ。最近公方様が交代なされたって話に聞くしねぇ」

 客との対話も仕事のうち。きっと毎夜愚痴も聞かされているのだろう。

「公方様がお変わりになられても、あたしらの生活には変化がないから」

 彼女は何かを諦めたように笑い、あちらの世界との境界になっている門に触れた。

 それは遠回しに、ここから出せと言っているのだろうか。

「菊里」

 咎めるように名前を呼ぶと、彼女は立ち上がり「ごめんね」と俺に謝った。

 この自分が彼女たちから自由を奪っているのにも等しいのに、謝られても。

「じゃあ、あたしお参りに行ってくるよ」

 この街の奥には小さな稲荷神社があり、彼女はよくそに通っている。

 それを知っている自分には、彼女を引き留める理由は無い。

 去っていく背を見送ってから、自分の背の二倍はある門を見上げた。

 この門を開ければ、今日も夜が来る。





 色々な遊女と話をしてきたけれど、夜に彼女たちを見分けるのは難しい。

 皆似たように肌を白く塗り、唇には朱く紅を塗り、綺麗な着物を身に纏う。

 そして、羽振りの良い客に食らいつく。

 何人かの遊女が、冷めた目で見ている俺に気が付き、男の目を盗んで悪戯っぽく笑って見せた。

「猫かぶり・・・・・・」

 化粧をして外見を変えると同時に性格も化かす。

 俺の呟きを耳にした門番仲間が隣で吹き出した。

 どうも女だらけの場所にいる所為か、女性に対しての幻想を抱けなくなっている気がする。

 必死に笑いを堪えている仲間を無視していると、背中に人の気配を感じた。振り返ると、見覚えのない若侍が戸惑いの表情を浮かべて立っている。

「・・・・・・見かけない顔だな。お客さん、初めての人?」

 誠実そうな顔立ちはここの空気には不釣り合い。

 彼は俺に声をかけられて驚いたのか、どこか慌てた様子で頷いた。

「・・・・・・金は有るんですか?大丈夫?」

 そんなにお偉いさんにも見えない風貌に探りを入れると彼は再び頷く。

 一体どんな覚悟でここに来たんだか。

「じゃあ、右の通りが女郎。左が陰間。旦那はどちらがお好みで?」

 一応、初めての客には道案内をするよう言いつかっていた。

 わかりやすいはずの俺の説明に彼は眉を寄せる。

「・・・・・・陰間とは?」

 この一言で彼がかなりの世間知らずか、もしくはお堅い人間なのだと知った。

「陰間は陰間。男色好みのお客が沢山居る」

 この説明には納得したらしく、男は右の道へと歩いていった。

 ああいう男はあの遊女達のかっこうの玩具になって終わりだろう。

 そして加減がわからず一日で一文無し。

 夢の代償は大きい。それで奈落に落ちていった男を何度も見てきた。

 今の男も一度きりの客になるだろう。

 そう、俺は予想していた。



けれど男は毎日通っている。



 意外な結果に俺と門番仲間は驚き、あの男のお目当てを予想していた。
 あの店の誰、この店の誰、と。

 けれどどれも予想に過ぎなく、決定的な証拠はない。

 結局、その話に飽きて終わってしまった。




「坊」

 いつものように昼間は閉まっている門の前に座ってぼんやり太陽を眺めていると、久々に彼女が来た。

「あたしね、身請けされるのよ」

 そう語った彼女の顔は、この門の外に出られるというのに嬉しそうでは無かった。

「よかったですね」

 遊女と違って口が上手くない俺は社交辞令に近い言葉を口にするしかない。

「相手は凄い年寄りなのよ」

 きっとあまり好きな客では無かったのだろう、彼女の口から愚痴を聞いたのは初めだ。

 それとも、他に好きな人がいるのか。

 それは口が裂けても聞けない質問だった。

「一度は、本気の恋をしてみたかったのに」

 彼女はそう言ってため息を吐いた。

「・・・・・・俺も、してみたいですよ」

 まぁ、こんなところではそれを望めないことは重々承知なのだけれど。

 あきらめの言葉だったのに、突然彼女はぱっと顔を上げ、俺を凝視する。

「ねえ、坊・・・・・・」

 けれど、彼女はそれ以降の言葉を口にしなかった。

 またいつものように神社に行く、と告げて去っていく。

 俺もいつものように見送った。



そして、その夜。







 大通りの賑わいが止み、それぞれ皆寝所でお楽しみの最中であろう夜中。

「脱走だ!!」

 門番役の友人と談笑していた時、そんな叫びが聞こえた。

 この街の治安を守るのは俺たちの役目。

 友人は俺に門を任せ、広い色町の闇へと駆けだしていく。
 珍しくない出来事に皆冷静だった。

 俺も門に錠がかかっていることを確認して、脱走者が逃げ出せないよう万全の体制を取った。

 そして。

 乱れた髪と着物も気にせず裸足で走る女と、その手を取り必死にこちらに向かってくる男。

 女の方にも男の方にも見覚えがあり、六尺棒を持つ手に力が入る。

「お戻り下さい」

 俺の声に二人とも立ちすくみ、絶望の表情を浮かべた。

 確か、女の方は菊里と同じ店の遊女だ。

 男はどこぞの店の一人息子。

 門には俺たちが居て、絶対に抜け出せないと考えなかったのだろうか。

「お願い、通して!」

 女は泣いて懇願するが

「お戻り下さい」

 俺にはそれしか言えない。

 話し合いでは無理だといち早く悟った男が俺に向かって飛びかかって来るが、手に持っていた棒で俺はあっさり彼を打ち倒した。

 男が地面に倒れ伏した時、女の短い悲鳴が聞こえる。

「帰れ」

 どん。

 男を倒した棒で強く地面を叩き、女を睨むと彼女はその場に泣き崩れた。

 男は力の入らない手でそれを宥める。

 この二人が出会うことは二度と無いだろう。

 彼らを捜していた仲間がこっちにやってくるのを確認しつつ、ぼんやり思った。


「黄泉に逃げよう」

 男は必死に女に叫び、女はその言葉に必死に頷き、けれど他の人間の手であっさり二人は引き裂かれた。

 夜が明け始めた街で、早起きをしてこの騒動をあちこちから眺めている人がいた。

 そんな中

「坊、うちの菊里を知らないかい?」

 あくびを噛み締めながら後始末をしている俺に、彼女の店の主人が声をかけてくる。

 彼女と俺が仲が良いことを知っていたのだろう。

 しかし、先程まで捕り物に参加していた自分が彼女の行方を知るわけもなく。

「あの騒ぎの後、姿が見えなくなってねぇ。あの子に限って、とは思うけど」

「じゃあ、俺心当たり探してきますよ」

「悪いね」

 心当たり、というか確信があった。

 恐らく彼女はあの神社に居るのだろう。生真面目に朝昼とお参りに行っていたから。

 木々に囲まれた神社へ急ぎ、紅い鳥居をくぐる。

 すぐに、彼女を発見できた。

「菊里・・・・・・」

 ご神木に縄をかけて首を吊った姿で。

 彼女の隣には、いつぞやの若侍が同じ姿で居た。

 


   一度は、本気の恋をしてみたかったのに


 

 昨日の昼間の彼女の言葉が蘇る。

 色町は一夜の恋を買うところ。

 夜が明け、夢が覚める前に共に死んでしまえば、それは一生の恋になるだろう。

 彼女にとっては、誰でも良かったのかもしれない。

 本気の恋の相手は。

 だから、誠実に自分に恋をしてくれた人間と共に。


「それでいいのか・・・・・」


 体中の力が抜け、その場にへたり込みながら小さく呟いた。

 確かに、この街で恋をするのならそういう方法しかない。



  ねぇ、坊・・・・・・・・



 あの時、彼女は何を言いかけたのだろう。

 木々の葉の間から差し込む光が二人を照らす光景が、二人を祝福しているように見えた。


 彼女が己の恋を成就させた時、俺の恋も終わりを告げた。





 色町は一夜の恋を買うところ。

 



 そして今夜も俺はその門を開く。








 





                                                     終







なんか訳わからん話で・・・。リハビリにもならない暗い話・・・。
やばい、どうしよう・・・・・・。後から消す確立高いです。
しかも時代考証とか一切していません。遊郭なんて調べたこと無いんで最低限の知識で。

そういえば浦島太郎の竜宮城は遊郭だったっていう説が有るんですよ。

































ブラウザバックでお戻りを。

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